白洲正子「山方の名人は」

「穴大(あのう)衆の石積 - 粟田万喜三」
白洲正子『日本のたくみ』新潮文庫
 前に長命寺(ちょうめいじ)で、四畳敷ほどもある大きな石が山から落ちた時、沖の島(長命寺の北にある孤島)から来た六十歳くらいの山方がいて、石を見わけることにかけては名人であった。そのままでは動かせないので、割ることになったが、彼は何日も黙って石を見ているだけで、仕事にかからない。石には必ず目があって、その目にそって切らないと、道具をはねつけてしまう。それ程この大きな石の目は複雑だったのであろう。山方が見つづけていたのは、石に問いかけていたので、答えを得ると、割ることはたやすい。だから上手な人の玄能は、(よく割れるので)いつまでもへらないが、下手が使うと忽(たちま)ち駄目になる。むつかしいのはあくまでも石を見わける眼であって、今は機械を使うから、実際の仕事の方は二の次だといった。(34-35頁)

「たくみ」と呼ばれるほどの人の話はおもしろく、参考になる。名人は手を汚さない、ということか。