白川静「死と再生のものがたり」

「殷と日本 ー 沿海族の俗」
「対談 ③ 孔子 狂狷の人の行方 梅原猛 × 白川静」
『別冊太陽 白川静の世界 漢字のものがたり』平凡社
まずはじめに、
梅 原 私が興味を持っているのは少数民族なんです。アイヌの人たちに興味を持ったのは、彼らが縄文の遺民であり、縄文文化を理解するにはアイヌ文化を理解しなければならないと思ったからです。縄文時代のことで考古学では解らんことは、アイヌの風習で解いたんですが、それで大体当たっている。(133頁)

編集部 先生、あの「殷」という字ですけど、少し説明して頂けますか。
白 川 「殷」は商の蔑称ですからね。扁(へん)は身重(みおも)の形。旁(つくり)は「叩く」。どういう意味か解らんけども妊婦を叩くんだから、何か呪的な意味があったんでしょうね。それを廟中(びょうちゅう)、御霊屋(みたまや)で行う字形もある。妊婦の持っている特別な力を作用させるために、妊婦を叩く。「殷」というのは「激しい」とか「破壊」、血が出る場合には「万里朱殷(ばんりしゅあん)たり」いう風に、万里血染めになるという。だから非常に激しい意味を持った字ですね。
梅 原 ああ、そうですか。これは面白いですね。その妊婦でいえば縄文の土偶(どぐう)は、全部妊婦なんです。
(中略)
 その意味が長い間解らんかったんですが、ハル婆ちゃんにアイヌの葬法について聞きますと、妊婦を埋葬するのがいちばん難しいと言うんです。というのは、子供が生まれるというのは新しく生まれるのではなくて、祖先の誰かが帰って来たということなんです。だから子供が出来ると、A家とB家の祖先が相談して、誰を帰すか決める。で、決まったら妊婦の腹に入って出て来る。だから胎児が死ぬと閉じこめられて、出て来れない。これは大きなタタリになる。ですから妊婦が死ぬと霊を司るお婆さんが妊婦の腹を割いて赤子を取り出し、妊婦にその子を抱かせて葬るということを聞いたんです。
 そこから土偶を見ると、「妊婦」「異様な顔」(死者の顔)「腹を縦に割く」(赤子を取り出す)「バラバラにする」(この世で不完全なものはあの世で完全という思想)「丁寧に埋葬されている」という風に条件が当てはまる。こういうことをある媒体に書きましたら、福島の方から手紙を頂いて、福島の方では明治の頃までは、死んだ妊婦の腹を割いて胎児を取り出し、妊婦に抱かせて、しかも藁人形を添えて葬ったらしいんです。この話を聞いて「おお、これだ」と思った。だから土偶は妊婦が死んだ場合に用いたものだと思うんです。ですから先生のお話をお聞きしますと、これもそういう意味なのかと。どうも妊婦の埋葬のような気がするな。
 それが先生、弥生時代になるとなくなるんですよ。入墨がなくなるのと同じようになくなるんです。やっぱりこれは生まれ変わりなんですよ。この世の人があの世へ行って、生まれ変わって来る。縄文時代の思想では一族となって生まれ変わって来る。ところが弥生時代になると、甕棺(かめかん)なんか見ますと一族に生まれ変わるなら遺体は保存しなくてもいいんです。遺体は脱ぎ捨てるものに過ぎない。
 ところが弥生時代になると屍(しかばね)を大事にする。これは個人の不死という考え方ですよ。これ中国から来たのだと思いますけどね。ですから妊婦の話を聞きますと、ひょっとしたら殷の時代にもあるんじゃないかと思いいますね。
白 川 生まれる時も死ぬ時も「衣」がモチーフになって字が出来るんですがね。例えば「産」という字もね、この「生」の所に、初が(産衣)入る字がある。死んでからの儀礼ですとね、殆どの字にみな「衣」が入るんです。
梅 原 どういう意味なんでしょうか、死んだ時「衣」というのは。
白 川 「衣」はね、魂の受け渡しをやるという信仰がある。魂寄(たまよ)せ。『尚書』に「顧命(こめい)」篇というのがあって、例えば即位式の時、現在の王様が余命いくばくもないという時、王の衣を脱がせて中庭に置く。そうすると後継ぎが臣下を連れて中庭に臨んで、その衣を受け取るという形で、王位の継承をやるんです。
 大体「依」という字は人に依りかかるんではなくて、人に魂を移すという意味です。真床襲衾(まどこおぶすま:天皇の即位儀礼・大嘗祭において、先帝の霊を “衣”を介して受け継ぐ秘技)と同じです。憑依(ひょうい)、大嘗祭(だいじょうさい)と一緒です。殷と日本は衣に対する観念が似ていると思いますよ。

白 川 衣に霊が移る。それが憑依です。
梅 原 一般の庶民ではどうでしょうか。
白 川 記録がないけどね、(?)(懐(おも)う)、襄(禳(はら)う)、喪(喪(うしな)う)、袁(遠ざかる)は、みな死喪のとき、衣を使うことを意味する字です。(中略)霊の保存とか復活とかに使うので、今も昔も、経帷子(きょうかたびら)など、民間でも使われていたと思いますね。
梅 原 (前略)この場合に大切なことは葬儀はやはり再生の信仰なんだということです。現代ではこの再生の信仰が失われてしまって、葬儀を大切にする記憶だけが残っている。だから僕は坊さんに、再生の信仰持たなあかんと言っているんですが、なかなか解ってくれんですね。
 今でも高野山(こうやさん)では空海(くうかい)が生きているという信仰があって、しょっちゅう衣を着替えているんですよ。
白 川 甲骨文で「死ぬ」というのは四角く囲った中に人が書いてある(「囚」)。棺に納めた格好、これが「死ぬ」という字です。それでね、骨だけになってしまうのは、骸骨だけが残って拝んでいる形。これは再生不可能な「死」。これはもう草原に捨てるから「葬」、野辺送り。
梅 原 昔は捨てたんですからね。
白 川 古い時代には捨てて、それで骨だけになったのを拾って来て、拝んでいる形ですね。複葬の形式です。
梅 原 日本では「捨て墓(埋め墓)」と「拝み墓」がありますね。
白 川 未開の社会では、風化したのを床の下に入れたり、戸棚に入れたりした。
梅 原 本来、屍は抜け殻みたいなもんですから、捨てたんですよ、鳥辺山(とりべやま)とか化野(あだしの)とかにね。亡骸(なきがら)というのは「殻」ですからね。
白 川 囚は「死」という字に使っているけれども、まだ再生の機会があって死んではいない。棺に納めて再生を待つ期間の意が、「囚」。
梅 原 殯(もがり)の期間。
白 川 死んだら骨になってしまうから。
梅 原 だから殷と縄文が繋がり、周と弥生が繋がる。(135-136頁)

終わりに、
梅 原 特に縄文時代、しかし弥生時代にも多分に縄文が残っているでしょう、殷的なものが。それから、やはり「死・再生」です。魂が古い屍を去って、あちらへ行く。無事あちらへ送らなくちゃいけない。そういうのが大きな願いなんですね。生まれるのは、今度はあちらからこっちへ帰って来る。
 死・再生というのは東洋の重要な宗教儀式だと思っているんですが、例の伊勢神宮の柱ですね。
編集部 心(しん)の御柱(みはしら)
梅 原 御遷宮(ごせんぐう)ですね、柱の建て替え。それと同じようなものが諏訪(すわ)の御柱(おんばしら)」。
(また能登の「真脇(まわき)遺跡のウッドサークル」)
(中略)
 だから御遷宮のように木を作り替える。ウッドサークルは縄文まで遡るんですよ。それはやはり生命の再生。木は腐る、だから腐らないうちに、神の生命が滅びないうちに、また新しい神の命を入れ替えてですね、ずっと伝える。こういうのがですね、私、日本の宗教の基本だと思ってますが、こういう儀式をもっと壮大にしたのが殷の姿だと、字の作り方なんかで感じました。(138頁)


 対談も終わりのころになって、私のもっぱらの関心事である話題が続いた。梅原猛の発言も多く賑やかになった。そんななかにあって白川静は微動だにせず、不動の位置を占めている。九十一歳にしてますます異端である。