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「大野寺、そして室生寺へ」
2026/06/08 
 2026/06/05〜07 の三日間,「唐招提寺 国宝鑑真和上坐像_東山魁夷 御影堂障壁画」が「特別公開」された。5日と7日に参拝・拝観した。
 その翌日には、「大野寺、そして室生寺」を参拝した。

「大野寺」
「大野寺」は小さなお寺である。
 当寺は、室生川の対岸(彼岸)に線刻された、高さ13.8m
の「弥勒磨崖仏」で有名である。 
 常に拝観できるわけではない。光の加減で拝観できるときもあるが、拝観できない場合もある。私は全貌を眼にしたことはないが、常に参拝することはできる。
 この日は運がよかった。
 以下は、「礼拝所」から望んだ「弥勒磨崖仏」である。





 この話題を抜きにしても、私は「大野寺」が好きである。


 山門の脇にしつらえられた木箱に、入山料を入れて入山する。
 「本堂」内の様子は、障子と障子の間(あわい)からうかがうしかないが、常に美しくお祀りされている。六つの、金色(こんじき)に輝く水差しと、そのそれぞれに挿された一葉のシキミの、色彩の対照は鮮やかである。




 シダレザクラの咲く季節に訪れたことはないが、アジサイの咲くころがいい。清楚なガクアジサイは、「大野寺」にふさわしい。


 次の目的地である「女人高野 室生寺」のことを忘れ、ついつい時を過ごしてしまう。
 閉門 1時間前に「室生寺」に到着したこともある。急ぎ足で各御堂を参拝し、おかげで「金堂」の前で転んだ。「だいじょうぶですか?」と「金堂」の中から声がした。その後「本堂」を参拝し、「五重塔」のぐるりを一周し 合掌後、職員の方といっしょに下山したこともあった。

「大野寺」は清潔なお寺である。
 見過ごすわけにはいかない。

「女人高野 室生寺」
「国宝 金堂」および「国宝 五重塔」の「老朽化した檜皮葺(ひわだぶき)・杮葺(こけらぶき)屋根の全面葺き替えと解体修理」を前にして、「金堂特別拝観」の最中だった。


 靴を脱いで、外陣から間近に御仏らや「十二神将立像」を参拝・拝観することができたのは幸せだった。
 写真撮影も許され、また職員の女性が、私ひとりのために詳細な解説をしてくださり恐縮した。
「国宝 釈迦如来立像」は、優しいお顔だちをされていた。「室生寺様」と呼ばれる朱色の衣紋、特に「板光背」の色絵は保存状態がよく華やかだった。


 次に「本堂」へ向かった。


「本堂」には「室生寺」の本尊である「如意輪観音菩薩像」が安置されている。
「如意輪観音菩薩」と目が合った途端に、動けなくなった。一指でも動かせば、この至福のときが失われそうで、じっとしていた。何度か参拝しているが、はじめてのことだった。

 室生寺の「如意輪観音菩薩像」は、「観心寺」(大阪府河内長野市)の、「神呪寺」(兵庫県西宮市)の、「如意輪観音菩薩」とともに「日本三大如意輪観音菩薩」と呼ばれている。
「観心寺」の「如意輪観音菩薩」は日本密教美術の最高峰といわれ、国宝の秘仏であり、毎年 4月17,18日の両日にかぎって公開されるが、あまりにも妖艶であり、参拝に行こうか行くまいか、迷っている。
「本堂内陣」の東西の壁にかけられた「曼荼羅」は、緻密で美しかった。
 その後、お線香を買い、石段を登り、「国宝 五重塔」を拝観した。


「五重塔」は「女人高野」らしく可憐で美しい。
「塔」といえば、「薬師寺」の「東塔」、「浄瑠璃寺」の「三重塔」が、特に印象に残っている。

 帰り際、「授与所」で一枚のポストカードと一冊の冊子『女人高野 室生寺』を買った。
 まじかに見る「如意輪観音菩薩」は、ひどく傷んでいて気の毒だった。「如意輪観音菩薩」は遠目に見るのがよさそうである。

 土門拳『土門拳の室生寺』株式会社クレヴィス が本棚に並んでいる。まだ開いたことがない。土門拳の目はなにを見つめていたのか、楽しみである。

 その後、大和路に別れを告げ、伊勢を目指した。
 今回も「龍穴神社」を参拝するのを忘れた。
「龍穴」を「天岩戸」を目の前にして、罪深いことである。

 ひき続き、「唐招提寺 国宝鑑真和上坐像_東山魁夷 御影堂障壁画_特別公開」の道行きに寄せて、を書き継ぎます。