志村ふくみ『一色一生』_「まあ 極道どすなあ」2/2
明治三十四年といえば今から七十年程以前であるが、真紅というよりやや黄味を帯びた赤は燃えさかる炎の色に近く、あくまで静かで、今も深く輝くような紅緋色である。糸一貫目に対して、茜根百貫を要したというこの深茜染は、約一年半の間、百七十回、茜染の煎液とにしごり(榊の一種)の灰汁とを交互に漬け染めを繰り返して染め上げられたものである。その間百六十九回目に失敗すればすべて終りである。その精神の張りは何であったろうか、宮中や伊勢神宮の御用を承るという緊張感からであろうか、若い頃、深見(重助)翁にこの茜染や紫根染、紅染などお教えをいただいている頃、私は深い山で仙人に出会ったような気がして、忽ちこの方を見失ってしまうであろうという不安が強かった。
「まあ 極道どすなあ」といっていられたが、まさに道を極めるということであろうか。
今故人となられた先達の踏んでゆかれた道を何とか見失うまいと願っている自分である。音より早く空を飛ぶ時代にこのような道を追い求めるのは、時を逆に生きることであるかも知れない。深見翁は後継者はいらないのではなく無いのだとはっきりいわれている。(43-44頁)
「まあ 極道どすなあ」といっていられたが、まさに道を極めるということであろうか。
今故人となられた先達の踏んでゆかれた道を何とか見失うまいと願っている自分である。音より早く空を飛ぶ時代にこのような道を追い求めるのは、時を逆に生きることであるかも知れない。深見翁は後継者はいらないのではなく無いのだとはっきりいわれている。(43-44頁)
以下、ご参考まで。