白洲正子「青山二郎、小林秀雄を泣かす」

「旧友交歓」
白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫
「戦後まもなく秦秀雄さんが代々木に「梅茶屋」という割烹(かっぽう)旅館をひらいた。忽(たちま)ちそこは「青山学院」のたまり場となり、小林・青山をはじめとする多くの文士が集って来た。三好達治さんのように長い間居つづけする人もおり、青山さんのようにそこを仕事場にしている人もいた。例によって秦さんの「悪癖」が災いして、わずか数年で潰(つぶ)れたが、私にとっては見るもの聞くものすべてが珍しく、一生のうちであんなに楽しかったことはない。
 夜になるとみんな広間に集って酒宴がはじまる。多い時は二、三十人もいて、真中に小林さんと青山さんが並んで座る。「高級漫才」がはじまるのはそういう時で、先にからむのは青山さんの方であった。
「オイ、小林、お前の文章はダメだぞ。いつもこういう席で喋べってることとは違う。お前は酒を飲むといきり立って、たとえばゴッホを見た喜びを語るだろ。その方が書くものよりずっと面白い。生きてるんだ。文章になるとそうは行かん。
 ハイ、御見物衆、今度は何が釣れますか、よォく見てて下さい。ヤ、象です。象がかかりましたゾ。重い。重い。やっとあがりました。あがって行きます、もっとあがります…オットットット…ボッチャーン!
 そこでお前は落っことすのだ、大事なものを。御見物衆は、お前の手つきが面白いから一生懸命見てる。手つきばっかり見て、巧(うま)いもんだと感心してるから、獲物を落っことしたことに気がつかない。ダメじゃないか、そんなことじゃ…」
 とまあそういったことをくり返し、執念深くいじめるのだ。はじめのうちは小林さんも、「書くのと喋べるのとは違う」とか、「俺が至らないんだナ」とかおとなしく受け答えしているが、いつもの勢のよさはない。それというのも、あまりにもほんとうのことだから、返す言葉もなく、小林さんは、黙ってしまう。ーーここのところで大岡さんは、「彼の眼(だか頰)に光るものを見た」と書いていたように記憶するが、私は何度も小林さんが涙をこぼすのを見ている。青山さんだけが、小林さんを泣かすことができたのだ。
 要するにジィちゃんがいいたいのは、「小林は画家(という人間)を本意にして、画を忘れている。…だから悪くすると、お茶を習うからお茶碗(ちゃわん)が見えて来る(ほんとうはその逆)というふうに、あの文章を読むから絵が分ったような気になる人間が出て来る。小林の愛読者はそういう見方をしているよ。…無意識な何か大事なものを端折(はしょ)っているんだね。」(『旧友交歓』)
 括弧の中に書いたのは私であるが、彼の不満は、小林さんのほんとうの魅力が、文章に現れていないだけでなく、愛読者も誤解しているという点にあった。そのようなやりとりに、真の友情とはどういうものなのか、私は生まれてはじめて見たように思った。」(107-108頁)

白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫
『青山二郎の眼 』別冊太陽 日本のこころ 87
「『俺は日本の文化を生きているのだ』が口癖だった男。あまりにも純粋な眼で、本物を見抜いた男。永井龍男、河上徹太郎、大岡昇平といった錚々たる昭和の文士たちの精神的支柱として「青山学院」と呼ばれた男。あいつだけは天才だ、と小林秀雄が嘆じた男。そして、かの白洲正子を白洲正子たらしめた男……。その伝説的な男の末弟子、韋駄天お正が見届けた、美を呑み尽した男の生と死。」