「鬼手仏心」


 釣りの世界では、よく「鬼手仏心」という言葉が使われます。一匹の魚を手にするためには、なまなかな手をもってしてはかなわず、ときに非情なる「鬼手」であることが求められます。しかし、その非情さは魚に対する、また生きとし生けるものへの畏敬、命へのいたわりに裏打ちされた「仏心」によって支えられている、というほどの意味だと私は解釈しています。いたずらに釣りをすることは禁物です。