岡潔,井上靖「詩人は指摘する」

井上靖 岡潔「美へのいざない」
岡潔『岡潔対談集_司馬遼太郎,井上靖,時実利彦,山本健吉』朝日文庫
井上 私は文字の上で詩というものを考えますと、やはり一番大きい影響を受けたのは、伊東静雄という詩人がございましてね。この人は五十歳くらいで亡くなりました。大阪の中学校の先生なんです。一般的にはあまり有名ではありませんけれど…。
 初めてうけたまわります、その方の名前。
井上 最近になって、私が関係してますような詩人の全集には、みんなはいりだしました。その詩人の詩ですけれども ー よそから帰ってきて、書斎の机の前にすわって、蝉の鳴き声を聞くのです。その詩の一説に、「前生(ぜんしょう)のおもひ」ということばが出てきます。
岡 ほう、いいことばですね。それはいいことばですけど、蝉の鳴き声に前生のおもひを感じた人は、いままでに聞いたことがない。(73-74頁)

井上 詩人といわれる人の仕事は、その(岡潔先生のいわれた)指摘ということでございますね。
 行基(ぎょうき)菩薩が、ほろほろと山鳥の、って歌っているでしょ。そしたら、芭蕉はさっそく、ほろほろと山吹散るか、って詠んでいるでしょ。ああいうふうな…あれ、やっぱり指摘でしょうね。
井上 そうですね、指摘でございますね。
 なかなか、そんなに指摘の例は数多くあるもんじゃないんですね。(75頁)

井上 三好達治という詩人がおりますね。その人の詩の一節に “ 海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西の言葉では、あなたの中に海がある。” (『郷愁』より)というのがあります。この詩では、ここだけが詩だと思うのですが。
 フランスのことばでは、どうして母が…、ああ、メール(mere)か。
井上 mer(海)に mere(母)ですね。これは思いつきのように思われるでしょうけど、単なる思いつきの詩ではないんです。
 思いつきじゃありませんな。
井上 海と母との関係を指摘した詩です。私は詩の手本として、いつでもそれを感じるんですよ。
 ほんとうに詩とはそんなもんです。芭蕉が山吹に使っている、ほろほろっていうことば、ああいうのを使わなきゃ…。
 先生が指摘だとおっしゃった、その指摘ということばで一番よく説明できると思います。(76頁)

 ある「もの・こと」と似ても似つかぬ「もの・こと」の本質を、同等のものとして認め、結びつけることに “指摘 ” の源泉がある。それはこころを虚しくしているうちに、「ある刹那」ふと成るものであろう。
 やはりここにおいても、風通しのいいからだの用意が必要である。

以下、追伸です。
井上 万葉の初めのほうに出てくる、たとえば額田女王(ぬかたのおおきみ)の歌などは…。
 あの人、歌が上手ですな。
井上 上手でございますね。いまでいえば、不貞な関係といえるような恋歌をうたっておりますね。
 そうですか。
井上 だけど、そんな不貞な関係の事実は、すっかり浄化されて、非常に美しい大らかなものでございますね。ああなれば、人間のよごれというものは消えるのだと思います。
 うちに満ちて、外にあらわれるのならいいんだけど、ないのにやるのが悪いんでしょ。
井上 そうなんですね。(87-88頁