「いま最も気になる、坂本睦子という女性」

「魔性の女」といえば、坂本睦子は、確かにその範疇におさまる女性だが、この世のスキャンダル、狐と狸の化かし合い、惚れた腫れたは、私の関心の埒外のことであって、しかしなお私が坂本睦子に魅かれる理由は、坂本睦子に「超然」としたものを感じるからである。「神々に愛された女性」をみるからである。

「むうちゃん(坂本睦子)は、李朝(りちょう)の白磁のように物寂しく、静かで、楚々(そそ)とした美女であった。若い頃の写真を見たことがあるが、私にいわせれば年をとってからの方がはるかに魅力があったように思う。」

白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫(118-119頁)

繊細な感性の持ち主である、昭和の文壇を華やかに彩った文士たちの嗅覚は鋭く、放っておくはずはなく、放っておかれるはずもなく、

「曰(いわ)く、直木三十五(さんじゅうご)、菊池寛(かん)、小林秀雄、坂口安吾(あんご)、河上徹太郎、大岡昇平 ect ect。」
「銀座に生き銀座に死す」白洲正子『行雲抄』(40頁)
あまたの遍歴を重ねて、なお汚れなき坂本睦子は無邪気です。

「そういう意味では、昭和文学史の裏面に生きた女といってもいい程で、坂本睦子をヌキにして、彼らの思想は語れないと私はひそかに思っている。」
白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫(118頁)

坂本睦子は、自死という形で数奇な人生の幕を引いた。「神々に愛される」ということは、ときに非情です。


「いま最も気になる、坂本睦子という女性」_参考文献
◇「銀座に生き銀座に死す」
白洲正子『行雲抄』(34-53頁)
「ある回想」
野々上 慶一『ある回想―小林秀雄と河上徹太郎』新潮社 (9-33頁)
◇『ある回想』を読んで
白洲正子『名人は危うきに遊ぶ』新潮社(181-186頁)
◇白洲正子『いまなぜ青山二郎なのか』新潮文庫(111-123頁)

「ある回想」

野々上 慶一『ある回想―小林秀雄と河上徹太郎』新潮社 (9-33頁)
は、この夏一番のお薦めです。「大人の友情」です。「高級な友情」です。

以下、

小林秀雄「河上(徹太郎)の方が大事なんだ」
白洲正子「美神は常に嫉妬深い」
です。