「司馬流 “日本甲冑小史”」

令和元年、はじめての読書です。
「司馬流 “日本甲冑小史”」
芸術新潮編集部 [編]『司馬遼太郎が愛した「風景」』(とんぼの本)新潮社
 平安時代の兜や鎧は、それまで(公地公民時代)のものとはまったく形態・色彩を異にし、かつ個々にも異をきそうようになった。単なる防禦用の目的を越えて華麗であったのは、懸命な “私” の表現だったからである。
 かれらは戦場でいちいち名乗りをあげるようになったのだが、それは自分は他とちがうということでの叫びであった。
 なにがちがうかといえば潔(いさぎよ)さがちがっていた。
 所領への私的執着という泥くさいものを、潔さという気体のような倫理に転換させた。日本的倫理のふしぎさといっていい。
 さらにその潔さを、甲冑の華やぎという造形的表現にも転換しているのである。執着をおさえこんでの名誉希求(潔さ)が、さらに変化して、甲冑でもっておのれの優美さを表現しようをしたのである。
 猛(たけ)くはあるがこれほどわしは美しいぞ、ということの自己表現であった。
 潔さの究極の表現が、戦場での死だった。華麗な甲冑は、自分の死を飾るものでもあった。(エッセイ「甲冑」以下同)(61-62頁)