「いまなぜピーター・パンなのか」

The moment you doubt whether you can fly, you cease forever to be able to do it.
「飛べるかどうかを疑った瞬間に永遠に飛べなくなってしまう」

 ピーター・パンは、飛べるかどうかを疑った瞬間に飛べなくなる、自信を失った瞬間に飛べなくなる、といった話を子どもたちにすることがある。しかし、「永遠に」という言葉を除外することくらいの配慮は私にもある。
「いまなぜピーター・パンなのか」といえば、それは正月三日に P教授からいただいたメールの文面に由来している。逆手にとられ、矛先がこちらに向けられた格好である。正月気分が払拭された。

Amazon で検索すると、「青空文庫」に、
中谷宇吉郎『ピーター・パン』
が網羅されていることを知り、意外な取り合わせということともあいまって、早速読んだ。今年はじめての読書だった。「武士道」という言葉を目にし意表をつかれた。
「なによりもこの(『ピーターパン』の)映画には、美しい画面が、ほとんど無数にある。芸術でも、学問でも、美しいということが、最高の要素であって、美しくないものに、良いものはけっしてない。
 画面が美しいばかりでなく、その中に盛られている精神がまたきわめて美しい」(No.53 /113)
 中谷宇吉郎に関しては、後日項を改めて書きたいと思っている。

そして、
J.M. バリ「ピーター・パン」岩波少年文庫
を注文した。今年はじめての書籍である。
 天翔ることができると思えば、永遠にヒーローであり続けられるとすれば、微塵のためらいもなかった。