白洲正子「彼らが教えたのは命の限り生きることだった。生を楽しむことであった」


「早川幾忠氏を悼(いた)む」
白洲正子『遊鬼 わが師 わが友』新潮文庫(165-166頁)
 帰りに私は常寂光寺の境内を歩いてみた。先生の作品で見馴(みな)れた紅葉や築地塀(ついじべい)が、初夏の光をあびて鎮(しず)まっていた。思えばはじめて訪問した時も、今日のように爽(さわ)やかな五月晴(さつきば)れであったが、わずか一年ばかりのお付合いだったのに、生まれる前から存じあげていたような気がしてならない。そういう人物を失ったことは悲しくても、そういう人物に出会えたことを私は幸福とせねばなるまい。小林(秀雄)さんにつづく早川夫妻の死は、私に大きな打撃を与えたが、彼らが教えたのは命の限り生きることだった。生を楽しむことであった。私はみずみずしい紅葉の若葉を仰ぎながら、そこから降りそそぐ光の中に、彼らの視線を感じて、心のひきしまるのを覚えた。