「富嶽遥拝の旅_小夜の中山_薨(みまか)る?」
2022/03/27
見ごろをむかえた桜の花が、青空に映えていた。「まん延防止等重点措置」が解除された、はじめての日曜日だった。人出は覚悟の上で、10時半過ぎに出立した。遅い出発だった。◆「EXPASA 浜名湖(上り)」
風が吹き、湖面はざわついていた。
湖岸の、一面 芝生の広場には、いたるところで、春を、花の開花を楽しむ姿が見られた。皆 明るく開放的だった。健康という言葉を思った。
◆「道の駅 掛川」
今回は、よそ目に先を急いだ。
「Google Maps」の示す道順がいつもと違った。交通渋滞を鑑みての判断だったのだろうか。素直にしたがった。
◆「小夜の中山」
駐車場には 3台の車しかなかった。
「小夜の中山公園」前の、仕舞屋(しもたや)とばかり思っていた、峠の茶屋「末広荘 扇屋」さんが店を広げていた。江戸時代からつづく老舗である。「佐夜中山 名物 子育飴」とミネラルウォーターを買った。手作りの「子育飴(水飴)」は、瓶に入っていた。杉箸のような棒にからめ取られた飴を、いわれるままに、「れろれろ」と口の中で転がした。淡い甘味が広がった。「れろれろ」しながらお話をうかがい、またリーフレット、
◇ 掛川市観光交流課「東海道 小夜の中山峠 周辺案内」
をいただいた。
霊峰は雲隠れされたか? 薨られたか?
一時間あまり過ごしたが、雲は動く気配がなかった。
「2022/03/27_富嶽遥拝」 |
「2021/12/09_富嶽遥拝」 |
帰り際に、「掛川茶」をいれていただいた。ほんのり甘かった。「扇屋」さんは、土・日・祝日のみの営業とのことだった。
駐車場わきの、アトリエとばかり思っていた「夢灯」さんは、浮世絵美術館だった。こちらも、土・日・祝日のみの開館とうかがった。
休日の再訪が約された。
今日は、ご予約のお客様のみでの営業です、とのことで、花を眺めながら、辺りを散歩した。手入れのゆきとどいた青松と桜花との対照がまばゆかった。
◇ 掛川市観光交流課「東海道 小夜の中山峠 周辺案内」
は、誠によくできたリーフレットである。
14の歌碑・句碑の案内図が載っている。
『奥のほそ道』の冒頭には、
「古人も多く旅に死せるあり」
「(風雅の道に生涯をささげた)昔の人々の中にも、旅の途中で死んだ人が多い」
とある。そして、「古人」として、芭蕉は、李白・杜甫・西行・宗祇 の名をあげている。
「 あづまのかたへ、あひしりたる人のもとへまかりけるに、さやの中山見しことの昔に成たりける、思出られて
年たけて又越ゆべしと思いきや
命なりけりさやの中山 」(白洲正子『西行』265頁)
「 命なりわづかの笠の下涼み 」(芭蕉)
芭蕉の旅は「歌枕」を訪ねての旅だった。芭蕉は、西行に遠慮しているかのようでおかしい。
四度(よたび)目の「小夜の中山峠」越えだった。帰宅したのは、19時をまわっていた。
次回は、「山笑う」新緑の季節か、と思っている。