長田弘「おおきな木」
おおきな木をみると、立ちどまりたくなる。芽ぶきのころのおおきな木の下が、きみは好きだ。目をあげると、日の光が淡い葉の一枚一枚にとびちってひろがって、やがて雫のようにしたたってくるようにおもえる。夏には、おおきな木はおおきな影をつくる。影のなかにはいってみあげると、周囲がふいに、カーンと静まりかえるような気配にとらえられる。
おおきな木の冬もいい。頬は冷たいが、空気は澄んでいる。黙って、みあげる。黒く細い枝々が、懸命になって、空を掴もうとしている。けれども、灰色の空は、ゆっくりと旋るようにうごいている。冷たい風がくるくると、こころのへりをまわって、駆けだしてゆく。おおきな木の下に、何があるだろう。何もないのだ。何もないけれど、木のおおきさとおなじだけの沈黙がある。