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「百閒先生の制札」

「百閒先生の寝姿_はじめに」  理由(わけ)もなく、ただ百閒先生の「寝姿」が気になり、手持ちの文庫に当たりました。そして、「居睡」(内田百閒『百鬼園随筆』福武書店)と「又寝」(内田百閒『蜻蛉玉 内田百閒集成15』ちくま文庫)の二つの作品を読みました。  さすがに百閒先生の「寝姿」は、美しく愉快でした。 「玄関の入口の面会謝絶の札のわきに、蜀山人の歌が貼ってある。    世の中に人の来るこそうるさけれ     とは云ふもののお前ではなし」(「又寝」220頁) 検索すると、 「世の中に人の来るこそうるさけれ     とは云ふもののお前ではなし」(蜀山人) 「世の中に人の来るこそうれしけれ     とは云ふもののお前ではなし」(亭主) 「面会謝絶」(亭主) 「春夏秋冬 日没閉門」(亭主) と、内田家の玄関先は常ににぎやかだったようです。  百閒先生に倣いて、私も制札を貼るべきか否か、目下沈思黙考中です。ひとえに快眠のためです。

「岡 潔『世間と交渉を持たない』に事よせて」

岡 潔・森田真生 編『数学する人生』新潮文庫 「私は毎日、大学の研究室で学生たちに数学の講義をし、自分の研究をしているものである。研究室は組織をもたぬ、私単独のものであるが、一つだけ規約を置いている。それは「世間をもち込むな」ということである。  私は世間と 交渉を持つこと、毀誉褒貶(きよほうへん)に一喜一憂することを極力避ける。 (中略) 最近は特に研究の方が忙しくなってきたので、テレビ、ラジオ、新聞なども目や耳から遠ざけている。 (中略) しばらく前、プッツリとテレビを見るのをやめてしまった。すると、とても気持ちがよい。まるで春先の気分のようで、浮き浮きした気持である。おかしなこともあるものだと思ったが、かりに『解放された気持をよろこんでいるのかもしれぬ』と名付けてみた」(230-231頁)  私も「 テレビ、ラジオ、新聞なども目や耳から遠ざけている」が、時折「 NHK   ONE ニュース 防災(アプリ)」の大見出しは見る。  しかし、「 世間と 交渉を持つこと、 毀誉褒貶に一喜一憂する ことを極力避ける 」となると少し怪しくなる。  そして、「 世間をもち込むな 」については、絶望の淵に立たされている。  世間が私を追ってくる。ときに世間に追いつかれ、追い越され、世間が先、私が後という凄惨なことが起こる。世間は仮借なく執拗である。 兼好,島内裕子校訂訳『徒然草』ちくま文庫 「第百十二段 明日は遠き国へ赴くべし」 「日、暮れ、道、遠し。我が生(しやふ)、既に蹉陀(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり」  また、小林秀雄の随筆で知った 「陸沈 」。 水に沈むのはやさしいが、水なき陸に沈むのはむつかしい。 「 我が生、 既に蹉陀たり」、陸に沈むしかないだろう。  何事も、辺土は賤(いや)しく頑なであり、 「あまざかる鄙(ひな)」の明け暮れは、もの言わず腹ふくるることばかりである。 「ざっくばらんが大きらい」(梅棹忠夫)

TWEET「執着を捨てる」

 北風が吹きはじめたころ,「煤払い」を終えた。その後 専ら,「捨てる」ことに専念している。 「捨てる」とは執着を「捨てる」ということである。苦渋の一巡目、逡巡の二巡目、三巡目の未練。少しずつ歩を進めるしかないように感じている。目標は「人・もの・こと」からの解放である。 荒井魏『良寛の四季』岩波現代文庫 2022/02/22 「ぬす人に取り残されし窓の月」 人はこれほど「無一物」になれるものか。 良寛はこの期におよんでも風流である。  良寛に印可を与えた、備中玉島 円通寺の大忍国仙和尚をして「大愚良寛」といわしめた所以の一端がうかがえよう。 「一九九四年にパリの地下鉄内に世界各国の詩人の詩が掲示された。その時、この句が人気投票で一位に選ばれたというから」(138頁)、国際派である。 辰濃和男『歩き遍路―土を踏み風に祈る。それだけでいい。』海竜社 2021/12/31 「道後温泉のすぐそば」にある、「法厳寺(ほうごんじ)」は、「『捨て聖(ひじり)』といわれた時(じ)宗の祖、一遍上人(しょうにん)の生まれたところといわれている。詩人、坂村真民(しんみん)さんは『四国が生んだ二人の偉大な宗教家』として、空海と一遍をあげている。空海がたくさんの文章や書を残したのに対して、一遍は自分の記録をなにもかも捨てている。五十一歳で没するまで、生涯、旅びとだった。念仏勧進(かんじん)をいのちとし、破れ衣を着て、踊り念仏をひろめた。 (中略)  一遍の言葉は厳しい。「衣裳を求(もとめ)かざるは畜生道の業(ごう)なり。食物をむさぼりもとむるは餓鬼道の業なり。住所をかまふるは地獄道の業なり。しかれば、三悪道をはなれんと欲せば、衣食住をはなれるべきなり」 (中略)  一遍像を見ながら、歩き遍路の大々先達(せんだつ)がここにこそいると思った。  一遍は『はねばはね、踊らば踊れ」といって、歓びの踊りを踊りながら、念仏を唱えた」(259-260頁) 「畳一畳しきぬれば / 狭(せばし)とおもふ事もなし」( 205頁) 「よろづ生(いき)としいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、念仏ならずといふことなし」(252頁)  一遍上人に倣うことはとてもできないが、捨てるという主体も捨ててこそ、他力の本願があると思う。