「拝復 P教授様_宮沢賢治『なめとこ山の熊』」
「宮沢賢治の『なめとこ山の熊』は、マタギの第一級の資料です。」
彼らは死に対して鷹揚だった。小十郎と「なめとこ山の熊」たちにとって、死は観念ではなかった。殊更なことではなく、彼らは従容として死を受容し、ときに彼らは粛々と自らの命を捧げることさえ厭わなかった。
小十郎は「旦那」の前では終始卑屈であり、「旦那」は常に横柄だった。「旦那」は、暇に飽かせて生死(しょうじ)を弄び、生死に弄ばれている者たちの象徴ように思えてならならなかった。
それにつけても、掉尾の「なめとこ山の熊」たちによる野辺の送りは美しい。小十郎と「なめとこ山の熊」たちとのすべてを物語っている。
宮沢賢治の力量である。
宮沢賢治の力量である。
読書中には、雑司ヶ谷の下宿を懐かしく思った。今思えば、学生時代の四畳半での読書は貴重だった。