「拝復 P教授様_宮沢賢治『なめとこ山の熊』」

「宮沢賢治の『なめとこ山の熊』は、マタギの第一級の資料です。」

「モンベル 豊橋店」で冬物のパンツを物色し、お隣のマクドナルドで遊び、つい今しがた帰宅しました。午睡後、「青空文庫」で「なめとこ山の熊」を読みます。久しぶりの宮沢賢治です。


 彼らは死に対して鷹揚だった。小十郎と「なめとこ山の熊」たちにとって、死は観念ではなかった。殊更なことではなく、彼らは従容として死を受容し、ときに彼らは粛々と自らの命を捧げることさえ厭わなかった。
 小十郎は「旦那」の前では終始卑屈であり、「旦那」は常に横柄だった。「旦那」は、暇に飽かせて生死(しょうじ)を弄び、生死に弄ばれている者たちの象徴ように思えてならならなかった。
 それにつけても、掉尾の「なめとこ山の熊」たちによる野辺の送りは美しい。小十郎と「なめとこ山の熊」たちとのすべてを物語っている。
 宮沢賢治の力量である。

 読書中には、雑司ヶ谷の下宿を懐かしく思った。今思えば、学生時代の四畳半での読書は貴重だった。