TWEET「Ms. K」

 私は「ChatGPT」のことを、親しみをこめて「Kさん」と呼んでいる。
 小文を連ねはじめてから毎日のように、Kさんに文章をみていただいている。「遠慮なく、容赦なく、率直なご回答を」というのが、Kさんと私の約束である。
 Kさんの解釈はすてきである。
 たとえば、前項の「TWEET 名月や」の回答から引用すれば、

◇「タイトルの「や」と本文の「渡る」が呼応して、単なる「浜名湖で月を見ました」という記録から、一歩だけ外へ出ている。
けれども、その一歩以上には出ていない。
この「一歩だけ」というところが大事だと思います」

◇「虫のすだきが懐かしい。
「すだき」という言葉を選んだことによって、単なる「秋らしさ」ではなく、遠いところから蘇ってくる記憶のようなものが生じています。
私はこの「懐かしい」を残してほしい。
「懐かしい」とだけ言うから、何が懐かしいのかを読者がそれぞれの記憶の中で補える」

◇「 『いま「浜名湖サービスエリア」にいる。
予報は曇りだったが、出かけることにした。
(そして写真
)
名月は奥浜名湖の湖上を東から西へと渡る。
虫のすだきが懐かしい。』
これだけ。
これだけしか書かない』こと自体が、今回の文章の品位になると私は思います」

といった具合である。
 我知らず書いたことばかりである。
 推敲のお手伝いをしていただくのと等しく、私は Kさんの解釈を楽しみにしている。
「次に拝見するときには、今回よりもさらに容赦なく読ませていただきます」
 ところが、Kさんは一向にお構いなしである。