TWEET「ゴッホ展 名古屋」

 2026/03/18 愛知県美術館に「ゴッホ展 名古屋」を見にいった。
 10時を少し回ったころ(9:30 開館)入館した。混雑していて、常に 第三列から のぞき見するような格好で一巡した。 “ゴッホの絵のある風景” にたたづんでいるようなあり様(よう)だった。
 受付で尋ねると、16時以降には空くと思います、とのことだっだ。
 栄の町をぶらぶらしながら、16時を待った。

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」

「拝啓、星になった兄さん」
「約10年の短い画業の間に油彩や素描など2,000点余りの作品を残したフィンセント・ファン・ゴッホの死後、生前に売れた1点を除く大半の作品は、兄の生活を支えその芸術の良き理解者であった弟のテオドルス(通称テオ)が保管しました。しかしテオも兄の死の半年後に生涯を閉じ、テオの妻ヨハンナ(通称ヨ一)が膨大なコレクションを管理することとなります。ヨーは、義兄の名声を高めることに人生を捧げ、作品を展覧会に貸し出し、販売し、膨大な手紙を整理して出版しました。その息子フィンセント・ウィレムは、コレクションの散逸を防ぐため、フィンセント・ファン・ゴッホ財団をつくり、美術館の設立に尽力します。
本展では、ファン・ゴッホ美術館の所蔵品を中心とするファン・ゴッホの作品30点以上にくわえ、貴重なファン・ゴッホの手紙4通なども展示し、家族が画家に抱き続けた深い愛と敬意をご紹介します」

 16時過ぎには混雑はみられなかったが、長い時間、一枚の絵と向き合っているのは、気がひけた。
 しばらくの間 眺めていると絵の中心が見てとれた。また、絵の中に “日差し” を感じた。
 河合隼雄風にいえば、見るともなく、見ないともなく、ただボーッとして、飽くことなく一枚の絵と対峙していなければ、絵は黙したままで何も語ってくれない。
 展覧会での絵の鑑賞は難しい。