「名月、そして十六夜の月」

昨夜中秋の名月を眺めながら岡潔を思った。そして、以下の四冊を注文した。
◇ 岡潔『紫の火花』朝日文庫
「私の人生に表現せられた私の情緒を見ていると、やはり『長夜の一閃光』のように思えてくる」(まえがきから)。「情緒」「教育」「前頭葉」── 近年再評価が高まる数学者による、独自の思想の深まりを書いた朝日新聞社刊行の名著、55年ぶりの復刻」
◇ 岡潔,司馬遼太郎『萌え騰るもの』土曜社
◇ 岡潔 著,森田真生 編『数学する人生』新潮文庫
◇ 森田真生『数学する身体』新潮文庫
小林秀雄賞受賞作


また、今夜十六夜の明るい月を見上げながら、「高山寺にかかる月」を思い、明恵上人を偲んだ。
 
2020/08/07「高山寺にかかる月」
 2019/05/19 に訪れた栂尾山 高山寺は、台風24号の被害で大規模修復工事中でした。わずかに石水院しかのぞむことができませんでした。高山寺の新緑はすばらしく、ぜひ来年の新緑の季節にいらしてください、と受付の女性にいわれました。
 現在サイトには、令和2年3月31日をもって改修工事が完了した旨の、「台風災害復旧工事完了の御挨拶」が掲載されています。
 新型コロナ禍の下、県境(けんきょう)をまたいでの旅行ははばかられ、明恵上人が友とした高山寺にかかる月を拝するのはいつの日か、とそんなことばかりを思っています。
 今日は立秋です。残暑厳しき折、高山寺で求めた「扇子〈国宝 鳥獣戯画〉」をぱたぱたしています。

「高山寺慕情」
白洲正子『私の古寺巡礼』講談社文芸文庫
 彼はお寺(高山寺)が騒がしくなると、いつも裏山の楞伽山(りょうがせん)へ逃げて行った。「この山中に面の一尺とあらんほどの石に、予が座せぬはよもあらじ」といっているが、前述の「座禅像(明恵上人樹上座禅像)」は、その姿を写したものである。その姿が私には、菩提樹の下で成道したお釈迦さまのように見えてならない。明恵上人は、華厳宗にも、真言密教にも、禅宗にも通じていたが、ほんとうに信じていたのは、仏教の宗派ではなく、その源にある釈迦という人間ではなかったか。(164-165頁)

「釈迦という人間」、明恵上人、そして白洲正子、この三者の響き合いは美しい。
 そして、試験明けの休日には高山寺を訪ねることにした。
 二夜続きの明月により私の心はすっかり鎮もった。