「梅雨寒の曇り空の下」

 梅雨寒の曇り空の下、特別な三日間を過ごした。

「Apple 名古屋栄」
2026/06/23
「太平洋戦争末期の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦で20万人を超える人が亡くなり、県民の4人に1人が命を落としました。
 旧日本軍の組織的な戦闘が終わったとされる6月23日は、沖縄県が「慰霊の日」と定めていて、きょうは、各地で平和への祈りがささげられています。
 最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園では朝早くから遺族などが訪れ、戦没者の名前が刻まれた平和の礎の前で花を手向けたり手を合わせたりする姿が見られました。」(「NHK ONE ニュース・防災」)
 うかつにも東海道新幹線内で知った。こころのうちで合掌した。

 2018/11/10 に購入した「MacBook Air 8.1」の「macOSのサポート」が数か月前に終了し、支障をきたすようになった。
 目的は、「Apple 名古屋栄」で、2026/03/11日に発売された「MacBook Neo」(「シルバー」,「ストレージ 512GB」)を購入することと人混みに紛れることだった。


 用件はあっけなく終わった。
 洗練された店内を行き来する、多国籍の若者たちの応接を目にするのは気持ちがよかった。
 近くの喫茶店で、早速 開封した。Appleに手抜かりはなかった。
 家路が急がれた。

2026/06/24
 名古屋市の徳川美術館 観覧を経て、滋賀県長浜市の渡岸寺(どうがんじ)・国宝 十一面観音立像 参拝へ、車中泊の気ままなひとり旅に出かけた。

「徳川美術館」
 徳川美術館は、2026/05/01 以来の再訪だった。

 
 今回は装束の展覧に魅せられた。なんとも形容し難い色合い、風合いを前にして去り難く、行きつ戻りつしていた。

山本空外「書論序観」 
『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社
「僅か竹の一片ではあっても、その一本一本の竹質のさくさ、ねばさ、その他の加減等々を、そう削らなければ削りようもないほど、千変万化する竹質のそれぞれなりに生かしきっていく刀の冴えを拝見するわけである。それも名作は一応光ってはいるものの、その光に照らされるだけでなしに、自ら茶杓を削るなかに体験する悟入にもとづくのが本当のようである。また自ら行じなければ、何事でも半解に終るのではなかろうか。東洋の精神文化が行の文化として深まるゆえんを沈思しなければならない。
 小刀と竹一本あっても茶杓は自ら作れるが、そのときただ自分勝手に削ったのでは、どうにもならないので、竹一本一本のもつ各各の性質を生かしきっていけるような刀の冴えかたのできるところに快心の作といえる。刀と竹の自他一如がそうした悟入の心の深さで支えられるわけで、前述の「無二性」にほかならない。」(12頁)

2027/02/20〜2027/03/02 に、
「千利休 泪の茶杓」
【特別公開】される。
「泪(なみだ)」は、千利休の茶杓として最も名高い品です。豊臣秀吉に切腹を命ぜられた千利休が、自ら削って最後の茶会に用い、茶会後に古田織部に与えられたといわれる茶杓で、織部がこの茶杓用に長方形の窓をあけた筒をつくり、その窓を通して茶杓を位牌代わりに拝んだとも伝えられています。毎年、利休忌の前後の約1週間のみ、筒とともに特別公開します。」

山本空外「書論序観」
『墨美 山本空外 ー 書と書道観 1971年9月号 No.214』墨美社
「席に入って始めに書幅を拝見しても、終りに茶杓を拝見しても、一貫してその作者の無二的人間の形成行に直参するところに本義があるとすれば、拝見する客自身もその拝見を通して無二的人間の形成を行ずるのでなければならない。そこに人生にも取りくめる本義が通ずるので、この本義から外れたのでは「道」でもなく、精神文化でもない。」(12頁)

 たとえば、小林秀雄の眼は、山本空外のいう、「その作者の無二的人間の形成行」に向けられていることは承知していたが、さらにその先があるとはおよびもしないことだった。図らずもそれは、「その拝見を通して無二的人間の形成を行ずる」」ことでもあった。そこには双方における「各各」の「行」の形成が認められる。

今から
「千利休 泪の茶杓」
の【特別公開】を楽しみにしている。

「徳川園」
 はじめての庭園の散策だった。
 赤・白・黄の、小ぶりの蓮の花、菖蒲の花が見ごろだった。


「水琴窟」の音(ね)を聞いた。
「水琴窟」について記された立て札には、
「手水鉢(ちょうずばち)前の地下に、穴を開けた常滑焼の瓶を、逆さにして埋め込んでいる
 水滴が穴から下に落ちると、瓶の中で反響し澄んだ音を響かせる。
 茶人小堀遠州が考案した、つくばい周りの排水装置「洞水門」が起源とも云われる」
と書かれていた。


 竹筒に耳を近づけて聞こえるほどの、かすかな音(ね)だった。温かく澄んだ音色がした。

「宝善亭」
 園内の「宝善亭」さんで食事をした。

「名古屋市蓬左文庫」


蓬左文庫(ほうさぶんこ)について
「尾張徳川家の旧蔵書を中心に和漢の優れた古典籍を所蔵する公開文庫です。現在の蔵書数は、約14万点。蔵書内容の豊富さが蓬左文庫(ほうさぶんこ)の特徴となっています。さらに、書籍だけではなく、尾張徳川家に伝えられた2千枚をこえる絵図も所蔵しており、名古屋の城下図から世界図におよぶ古地図や、屋敷図・庭園図など、多彩な内容の絵図が含まれています。
 蔵書の閲覧のほかに、徳川美術館の大名道具と合わせて、武家の学問と教養など、近世武家文化をわかりやすく紹介する展示や、徳川美術館・徳川園と連携した講演会などを企画開催します。」

 館内は薄暗く、展示数は極端に少なかったが、ビデオで次々に紹介される古典の数々が、どこかで一度は耳にしたことのある典籍で、懐かしくついつい長居をしてしまった。
 その後、「養老サービスエリア」にて車中泊。

「渡岸寺」
2026/06/25
 前回(2026/05/01)の、落ち着きを欠いた観音堂での参拝に懲り、今回は開門の9時を待つようにして参拝した。


 
はじめに観音堂に通じる廊下に掲げられた、土門拳の4枚の写真と対面した。迫力があり、大写しにされた写真でしか見られない、たとえば 瓔珞等の細部が見てとれた。土門拳の写真をよく見るのは難しい。
 観音堂には私ひとりしかいなかった
 いつ見ても、ひときわ美しく、尊い観音さまである。
 スポットライトの光を透かして見る、繊美な右の手指には、血が通っているかのようだった。また、背面から見る観音さまは艶ぽかった。
 人の気配がしたので、合掌して観音堂を後にした。1時間あまりが経っていた。上質な時間を過ごした。

 その後、琵琶湖畔に向かったが、琵琶湖はいつになく荒れていて、長居はしなかった。
「黒壁スクエア」の「翼果楼(よかろう)」さんで、長浜名物の「焼鯖そうめん」をいただいた。美味だった。

 次回は、久しぶりに「国友鉄炮ミュージアム」を訪ね、国友の町を散策したいと思っている。国友は清潔な町である。

 雨に降られる前に、暗くなる前に帰宅したかった。
「伊吹パーキングエリア」から「霊峰 伊吹山」を仰ぎ、帰路に着いた。

 台風7号が最接近中である。通過後には梅雨空が広がる日が続くとの予報である。本格的な梅雨入りである。
梅雨寒の曇り空の下」に出かけてよかったと思っている。