「神さまの忘れ物」

「小林秀雄の眼」
白洲正子『遊鬼 わが師 わが友』新潮文庫 
「それについては面白い話がある。ある日、例によって(骨董の)茶碗(ちゃわん)か何かを買い、一杯機嫌で横須賀線に乗ったが、鎌倉で降りる時、大事な買物を電車の中に忘れてしまった。酔っても本性違(たが)わずで、ほんとうに大事なものなら忘れなかったと思うが、そんな風に合理的に解釈する必要はない。何より「(骨董を)買うこと」の一事に集中していた時だから、買ってしまえばあとは野となれ山となれ、ーー そこに小林さんの実に端的で爽(さわ)やかな一面がある。
 お嬢さんの明子(はるこ)ちゃんが子供の頃、東京へ連れて行くというので、喜んでついて行ったが、鎌倉の駅に着くと小林さんはさっさと切符を一枚買って改札口へ入ってしまった。明子ちゃんがいることを忘れたのである。だが、彼女はちっともお父ちゃんを恨んではいない、あれはああいう人だと思っている。お父ちゃんを全面的に信頼しているからで、もし骨董にも心があるならば、あれはああいう人だ、といったに相違ない。」(49-50頁)

 さすがに神さまの忘れものは、私のちまちまとした置き忘れとはスケールが違う。おおらかで、あと腐れがなく、あっぱれというほかない。