白洲正子『日本のたくみ』新潮文庫

2018/01/09
 用を足したついでに、なに当てにするともなく、書店に立ち寄りました。
◇ 白洲正子『日本のたくみ』新潮文庫
は、書棚に並んでいましたが、
◇ 白洲正子『私の古寺巡礼』講談社文芸文庫
は、ありませんでした。
『日本のたくみ』を買って帰りました。早速数編の作品を読みました。院内読書です。
「韋駄天お正」の本領発揮です。足で書かれた本です。白洲正子のいつもの叙情は散見されるばかりで、叙事に終始していますが、「たくみ」の抒情がそれを補って余りあります。

2018/01/13
「たくみ」の世界とは、目的意識とか、ときには無欲という欲も無心という心さえ障りのある世界であることを知りました。実に多くの裏方さんたちの「愛情と努力」よって支えられている世界でした。
 名匠たちによって織り成された作品群は、初春には誠にふさわしく、清々しい一冊でした。また、当作品でも、河合隼雄があだ名した「白洲正宗」の切っ先は鋭く、健在でした。新春の夢見心地はきっぱり払拭されました。

「穴大(あのう)衆の石積 - 粟田万喜三
 前に長命寺(ちょうめいじ)で、四畳敷ほどもある大きな石が山から落ちた時、沖の島(長命寺の北にある孤島)から来た六十歳くらいの山方がいて、石を見わけることにかけては名人であった。そのままでは動かせないので、割ることになったが、彼は何日も黙って石を見ているだけで、仕事にかからない。石には必ず目があって、その目にそって切らないと、道具をはねつけてしまう。それ程この大きな石の目は複雑だったのであろう。山方が見つづけていたのは、石に問いかけていたので、答えを得ると、割ることはたやすい。だから上手な人の玄能は、(よく割れるので)いつまでもへらないが、下手が使うと忽(たちま)ち駄目になる。むつかしいのはあくまでも石を見わける眼であって、今は機械を使うから、実際の仕事の方は二の次だといった。(34-35頁)

「糸に学ぶ―田島隆夫」
 なかでも「結城の在に名人のお婆さんがいて、死ぬ前に寝床の中でひいた」という「死花」の話には感心しました。(202頁)

「たくみ」と呼ばれるほどの方たちの話は興味深く、そのこまやかな配慮にはあやかるべきものがあります。