小林秀雄「井伏君の『貸間あり』」
「小林秀雄と骨董 青柳恵介 [古美術評論家] 」
白洲信哉 [編]『小林秀雄 美と出会う旅』(とんぼの本)新潮社
最後に、『考えるヒント』に収める「井伏君の『貸間あり』」に見える次の文章を読んでいただきたい。
「かつて、形というものだけで語りかけて来る美術品を偏愛して、読み書きを廃して了った時期が、私にあったが、文学という観念が私の念頭を去った事はない。その間に何が行われたか。形から言わば無限の言葉を得ようと努めているうちに、念頭を去らなかった文学が、一種の形として感知されるに至ったのだろうと思っている。私は、この事を、文学というものは、君が考えているほど文学ではないだとか、文学を解するには、読んだだけでは駄目で、実は眺めるのが大事なのだ、とかいう妙な言葉で、人に語った事がある」
この文章は冒頭に引いた昭和十七年の「『ガリア戦記』」から、そのまま続いているのである。
以降、どうしようもなく「貸間」のことが気になり、早速、
「井伏君の『貸間あり』」(「小林秀雄『考えるヒント』文春文庫 34-43頁)
を読み、「貸間あり」が収められている、
『井伏鱒二全集〈第11巻〉』筑摩書房
を、古書店に注文した。
「貸間あり」「貸間あり」「貸間あり」。不動産業者にでもなったかのような妙な気がしている。(106頁)