長新太『ブタヤマさんたらブタヤマさん』文研出版
ブタヤマさんは
チョウを とるのに
むちゅうです
うしろから
なにがきても
わかりません
三つ目のおばけが出てきても
大きな鳥がお尻をつつかんばかりに迫ってきても
セミにおしっこをかけられそうになっても
海から
海から
「ザブ
ザブ ザブ ザブ」
と、サカナが飛び出てきても
ブタヤマさんは一向に気がつきません。
ブタヤマさんたら
ブタヤマさん
うしろをみてよ
ブタヤマさん
「なあに どうしたの
なにか ごよう」と
ブタヤマさんが いいました
うしろには なにもいません
うしろには なにもいません
ブタヤマさんは
また チョウを とりにでかけます
かぜが そよそよと
ふいているのでした
河合隼雄「気配を読み取る」
これは、私、すごく衝撃を感じましたのは、ブタヤマさんがチョウをとりに行っているでしょう。チョウというのは、ギリシャ語でプシケでして、これはチョウでもあるし、心でもあるんです。そういうふうに見ますと、このブタヤマさんというのは心理学者のような気がするんですね。心理学者は心を追いかけて、ばーっとやっているんですけれども、後ろからいろんなのが来ているのに全然見ない。時々、非常に上手に、何にもないときに後ろを見るんですね。「後ろを見ました。完全に見ました。何もありませんでした。そよそよ風が吹いてきました」とか何とか言って、「私は実証的にやっております」と言うんだけれども、一番大事なときに後ろを向いていない。
これは皆さんがよくご存じの鶴見俊輔さんと対談したときに、長さんというのはすごいですなと言うので、この話をしたら、鶴見さんがええことを言われましたね。「ああ、気配がわからなだめですな」と言うんですね。後ろからこう来ているのは、気配というものなんです。だから、われわれ心理学とか臨床心理学をやるものは、気配を読み取らなくっちゃだめなんです。前ばっかり見て、何もないときに後ろを見て、前も後ろも何もありませんというんじゃなくて、気配をさとるというのも、これは僕はコンステレーションを読むということと大いに関係しているんじゃないかなと思います。
そういうことを読み取れる人間として、われわれが成長していく、努力するということが大事ではないかということを、この絵本が非常にうまくあらわしてくれていると思います。